原酒の世界

原酒の世界

第六章:原酒の聖域

第六章:原酒の聖域

日本酒の限界に挑む醸造家魂

日本酒のアルコール度数は、原酒に加水調整した15度から16度のものが多い。その理由の一つは、アルコール度数を低くして飲みやすくするためであると言われている。もう一つの理由としては、アルコール度数の高い原酒を造るには高い技術と手間や時間が必要なため、多くの酒造りの現場ではアルコール度数が高くなる前に醪(もろみ)を搾っているという現実がある。酒造りの経済面から見れば、手間をかけてアルコール度の高い原酒にする前に搾った方が合理的であることは間違いない。

それならば、なぜ、いくつもの酒蔵がアルコール度数の高い原酒を造っているのか。そこには、アルコール度数という日本酒の限界点に挑むことでしか得られない極上の風味を追求する醸造家魂がある。

醸造家

『度数』という限界点

『度数』という限界点

まず、醸造酒と蒸留酒の違いから確認しておこう。
醸造酒は、発酵という自然のチカラだけでアルコール度数を高めているため、アルコール度数には限界がある。

それに対して、
蒸留酒は、醸造酒を加熱して蒸発させ、その蒸気を冷やすことでアルコール度数を高めていくので、これを繰り返していけばアルコール度数を100%に近づけることも可能だ。


では、醸造酒の発酵工程を、日本酒を例にして振り返ってみよう。醪の中で発酵が進むと、酵母が糖を食べてアルコールと炭酸ガスに分解し続け、次第にアルコール度数を高めていく。酵母の種類にもよるが、アルコール度数が12度くらいまでは酵母が活発に活動して発酵を進める。しかし、アルコール度数が12度程度になると酵母が次第に死滅していくことでその活動が弱まり、18度以上になると酵母の活動はほとんど止まり、発酵の進みも鈍化する。このように全ての醸造酒には、一定のアルコール度数になると酵母が死滅して発酵が止まるというアルコール度数の限界点がある。
しかも、酵母が死滅していくと、酵母内のアミノ酸や硫黄化合物が醪に混入して風味を損ねることもある。

発酵の限界領域でアルコール度数を高めながら、
風味も高めていく発酵技術こそ、原酒づくり欠かせないものであり、
アルコール度数20度に迫る領域は、
まさに原酒の聖域と呼ぶことができる。

『度数』がつくる原酒の味わい

『度数』がつくる原酒の味わい

原酒イメージ

アルコール度数が高くなると甘味や苦味をはじめとする様々な香味が立ち上がり、原酒独特の濃醇な風味になる。
その一方で、様々な香味は雑味に転じることがあるとともに、アルコール度数が高まるほどピリピリするような刺激が増してくる。アルコール度数20度に迫る原酒の聖域。この限界領域での発酵次第で、搾られた原酒の味も香りも決まると言っても過言ではない。


  • 醸造家の腕の見せ所
    酒の美味しさ

    誤解していただかないように付け加えると、「アルコール度数の高さイコール酒の美味しさ」というわけではない。アルコール度数が直接的に美味しさに関わっているのではなく、アルコール度数が高まる過程で生まれる香味の変化が美味しさに関わっているのである。アルコール度数を高めると、美味しくなることもあれば不味くなることもある。つまり、どのようにアルコール度数を高めていくのかが醸造家の腕の見せ所なのだ。

    アルコール度数が1度違うと全く違った味わいの酒になる。それはアルコール度数が1度高くなる発酵の過程で生み出された香味の違いに他ならない。

  • 度数と味の関係
    それぞれの味わい

    酒のアルコール度数と味の関係で見逃せないのが、アルコール度数が高い酒は豊潤で力強い味わいになるが、飲みにくいと感じる人もいるということだ。そのため、最近はアルコール度数を低くした日本酒も出ており、日本酒が苦手だった方に飲まれている。その一方で、加水希釈した清酒では味わえない日本酒本来の濃醇な風味を求める方が増えているようで、原酒の人気が高まっている。

『度数』を高める技

醸造酒のアルコール度数は、ビールなら4度から8度、ワインなら7度から14度程度が一般的だ。それに対して原酒のアルコール度数は20度に迫るものがある。
この度数の違いは原料や製法の違いから生じるが、日本酒は他の醸造酒では見ることができない高度な技術でアルコール度数を高めている。
醸造酒の造り方には様々な製法があるが、シンプルなものとしては、ワインのように糖分を含む果実に酵母を加えてアルコールへと発酵させる「単発酵」がある。糖分を含まない米や麦が原料の日本酒やビールなどは、デンプン質を糖に分解してからアルコール発酵を行う「複発酵」という製造方法になる。この複発酵の中でも、ビールのように糖化工程と発酵工程を別々に行う比較的シンプルな「単行複発酵」製法に対して日本酒は、二つの工程を同時に行う「並行複発酵」という複雑で高度な製法で造られている。
この並行複発酵に加えて、醪を仕込む際に低温でゆっくり三度に分けて仕込む「三段仕込み」という技法を用いることで、日本酒は他の醸造酒には見られない高いアルコール度数を実現しているのである。

発酵工程の最終段階にある醪(もろみ)を搾ったまま、何も加えず、何の調整も行わない原酒は、素材の持ち味と蔵元の技が鮮明に反映される。それ故に、日本酒を原酒のままで出荷する蔵元は、酒米、麹、仕込み水を徹底的に吟味し、醸す技を追求し、個性あふれる原酒を生み出している。

第一章から第六章にわたって原酒の世界を紹介してきたが、
そうした原酒を造り続けている蔵元の心意気を感じながら
原酒を味わっていただければ幸いである。

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