世界には膨大な種類の醸造酒が存在している。
それは狭義においては民族の数だけ、広義においては村の数だけと言えるほど、多岐にわたっている。
日常の食糧を原料に、その地域で編み出した技法で酒を造り、自然、民族の歴史、文化をも楽しんでいる。
同じ醸造酒といっても原料も違えば、発酵法も異なる。
ヨーロッパ諸国では果実を発酵させた「ワイン」が多いが、ヨーロッパから中東、アフリカ大陸にかけての広い地域では「モヤシ」を利用して酒が造られている。モヤシは穀物の種子を発芽させたもので、その糖化酵素の作用によってデンプン質を糖に分解することで酒が造られる。
日本や東アジア一帯では「麹」が用いられ、穀物にカビ類を生やして酵素を生成させ、その糖化作用により原料のデンプン質を糖に分解し、蔵に棲む黄麹菌を利用して酒造をしている。
醸造酒の造り方は、シンプルなものから、驚くほど複雑なものまで、
地域によって技法が異なり、同じ醸造酒とは思えないほど多種多様
である。
最もシンプルな醸造法はワインなど、果実を原料に造られる果実酒の
「単発酵」で、果実に含まれる糖分を原料に、酵母を加えて
アルコールへと発酵させる。
日本酒やビールは米や麦を原料にした「複発酵」で、それ自体に
糖質がないため、先ずはデンプン質を糖に分解する工程を経てから、
アルコールに発酵させる必要があり、工程が複雑になる。さらに複発酵には、ビールのように糖化工程と、発酵工程を別々に行う「単行複発酵」と、日本酒のように二つの工程を同時に行う「並行複発酵」の二種類がある。
世界中の多くの醸造酒が10数度であるのに対し、日本酒の原酒は20度前後にもなる。醸造酒としては他に類を見ないアルコール度数を生むヒミツは仕込みの技術にある。杜氏や蔵人たちの魂がこもった匠の技術はまぎれもなく世界一の醸造技術と言える。
日本酒が最もアルコール度数が高い酒になるためには、二つの秘訣がある。それは、「並行複発酵」と「三段仕込み」である。「並行複発酵」は、“糖化”と“発酵”を、同じ樽の中で同時にバランスよく行う醸造技術。
「三段仕込み」とは、醪を仕込む際に低温でゆっくり三度に分けて仕込む醸造技術である。
この二つの特殊技法により、日本酒は世界でも稀な高濃度な醸造酒となるのである。
「並行複発酵」「三段仕込み」で時間をかけて醸造された日本酒は、高濃度なアルコールというだけではなく、じっくりと発酵することによって、米と水だけで造られたとは思えないほどのふくよかな旨味や芳醇な香りが生まれ、日本酒をいっそう奥深いものにしている。
その製造工程は次の通りである。
日本酒の原料となる米は、酒造りに向いた山田錦などの酒造好適米を用いる。
麹、酒母、もろみの三つの製造工程で用いられる米は、酒の味を大きく左右する。同様に、日本酒成分の約八割を占める水も、酒の口あたりを大きく変える重要な要素の一つである。
普通酒では精米歩合70%程度、吟醸酒では60%以下まで表面を磨いていく。
精米歩合によって、さまざまな味わいや香りの酒へと変化するので、
非常に重要な工程の一つといえる。
精米した米についている糠を洗い流す洗米。
水に浸す(浸漬)時間は米の種類や硬軟、精米歩合によって異なり、数分から数時間かけて適量の水を含ませていく。蔵人の長年の経験と勘が必要となる工程の一つでもある。
適量の水分を給水させた米は甑(こしき)で蒸す。
近年、大量生産においては連続蒸米機で蒸す。
麹菌を繁殖させやすくする他、醪の中で溶けやすく
するためにもたいせつな工程である。
麹とは、米を蒸して黄麹菌を米の内部まで繁殖させたもの。
米のデンプン質を分解し糖化させる他、酒の旨味や風味を豊にする役割も担っている。より旨い酒を生み出すため、蔵人は酒の味を大きく左右する麹造りに情熱を注ぐ。
麹、蒸米、水、酵母を加えたものを酒母と言い、
発酵を促す酵母を大量に培養したものをいう。
酵母は、温度が高ければ活性が強まるが、
高くし過ぎると死滅してしまうため、酒母造りは
ほどよい温度を保つ温度管理が鍵となる。
日本酒になる前の発酵中の状態が醪で、酵母に麹、蒸米、水を加え、タンクで20日から30日発酵させたものをいう。
日本酒造りの特徴である“三段仕込み”で、糖化と発酵を同時に進行させる“並行複発酵”を行う。
発酵を終えた醪を搾って、酒と酒粕に分離する工程で、機械で一気に圧搾することでコストや時間を短縮できる薮田式や、人の手で袋詰めし、丹念に積み重ねてから上からゆっくりと圧をかけて酒を搾る佐瀬式などがある。
この搾ったままの酒が「原酒」である。
60度から65度程度の比較的低温で酒を加熱する。
加熱により微生物を殺菌し、保存性を高めることと、
酒の香味を変質させる酵素の働きを止めて熟成度を
調整することができる。
この火入れを行わない酒が「生酒」である。
搾りたての新酒は、タンクで6ヵ月から1年間ほど貯蔵し、味を落ち着かせる
ことが多い。
ただし丁寧に造られた原酒は、味わいや香りに荒々しさはなく、熟成工程を
経なくても、まろやかな酒に仕上がっている。
日本酒は国境を越え、世界中の
人々から親しまれる酒へ