かつては蔵人しか飲むことができなかったまぼろしの酒。
それが“原酒”である。
およそ酒と名の付く飲み物には2通りの造り方しかない。
米やブドウなどの原料を発酵させて搾った「醸造酒」と、
醸造酒を加熱して蒸発させ、その蒸気を冷やした「蒸留酒」
である。
原酒とは加水されていないすべてのお酒をさす。
ワインやビールなど、市販されている醸造酒のほとんどが原酒で
あるのに対し、醸造酒を蒸発させた蒸留酒はアルコール度数が高いため、市販品のほとんどが原酒に割水が加えられる。
なぜ日本酒の原酒は蔵人しか飲むことができなかったのか。それは一般的な日本酒は、もろみを搾った後、水を加えて(割水)アルコール分を13~16%ぐらいに調節して造られるから。
水を加える前の日本酒の原酒が蔵から出ることはまずない。日本酒の原酒は、水を一滴も加えていないため、アルコール度数は20%前後と高く、味はしっかりと濃厚で個性的。芳醇な原酒ならではの香りとともに少しずつ味わいながら、日本酒本来のしっかりとした旨味と香りを存分に楽しむことができる。
日本酒(清酒)とは何か。
酒税法に定められた清酒に関する規定は、まず、主原料は米、米麹と水であること。
さらにそれらの原材料を発酵させたものを濾過することが求められている。
広辞苑の定義では、
①日本の代表的な醸造酒。蒸した米に麹・水・酒母を加え、発酵させてもろみを造り、これを搾り、濾過して製する。
淡黄色で特有の香味がある。
②澄んだ純良な酒。すみざけ。(反対語:濁酒(どぶろく)
とある。
ではそれらの規定や定義の中で、原酒はどのような立ち位置にあるか。日本酒の製造上の違いでみていこう。
濃醇で個性的、深い旨味と力強い飲み口が特徴の原酒。
多くの日本酒は、もろみを搾ったあとに水を加えてアルコール度数を調整しているのに対し、原酒は一切加水せず、アルコール度数を落としていない。貯蔵中の酒のほとんどが原酒である。日本酒以外の醸造酒の殆どが加水していないことからも、原酒こそが日本酒本来の味わいともいえる。
酵母や酵素が生きており、搾りたてのフレッシュな味と華やかな香りが特徴の生酒。
日本酒の製造工程では、貯蔵前と瓶詰め前に加熱処理(火入れ)を行うが、生酒はこの加熱処理を一切行わない。加熱による殺菌処理をしないため、冷蔵保存し、早めに飲む必要がある。
生特有の風味を味わうことができる生貯蔵酒。
生貯蔵酒は加熱処理をすることなく搾った酒を生のまま貯蔵し、瓶詰直前に一度だけ加熱処理を施している。
冷蔵保存の必要はあるが、生酒に比べると日持ちする。
フレッシュでフルーティーな香りで、若々しさが特徴のしぼりたて。
搾ったばかりの酒をすぐ出荷したもので、旬の日本酒を味わうことができる。その年の最初のもろみを搾ったものは「初しぼり」と呼ばれ、冬にしか味わうことができない。
濃醇ながら、軽快さとまろやかさが特徴のひやおろし。
ひやおろしは真冬に仕込み、春先に絞った酒を加熱処理し、一夏冷たい蔵で熟成させて秋に出荷する酒。一夏熟成させることで苦味や渋味が和らぎ、日が経つとともにまろやかになる。
杉の樽に貯蔵することによって、杉の爽やかな香りが酒に移り、独特の風味を持つ樽酒。
出荷時は樽ではなく、瓶に詰め替えられたものもある。
発酵過程の炭酸が残っているため、活性化した酵母菌のみずみずしさと、甘い味わいが特徴のにごり酒。
細かく砕いたもろみの中の蒸し米や麹の粒を目の荒い布でこして仕上げるため、にごった状態の酒である。加熱殺菌していない生酒が多い。
円熟した深み、ふくよかな味わいが特徴の古酒。
新酒ができると、その前年にできた酒はすべて古酒となり、一般的には一年以上貯蔵させる。熟成させることで香りが落ち着き、風味にもまろやかさが増す。三年以上貯蔵したものを「長期間貯蔵酒」、五年以上のものを「秘蔵酒」とよぶ。
かつて日本酒は、特級・一級・二級に分ける「級別制度」で分類されていたが、この制度は平成四年(1992年)に廃止され、現在は「清酒の製造品質表示基準」による“特定名称酒”とそれ以外の“日本酒”に分けられている。
特定名称酒は“精米歩合”と“原材料(醸造アルコールを使用しているか否か)”の2つの要素で決まる。特定名称酒には「吟醸酒」「純米酒」「本醸造酒」の三種類があり、次のように分けられる。
フルーティーな吟醸香と淡麗な味わいが特徴の吟醸酒。
精米歩合60%以下の白米と、米麹および水、またはそれらと醸造アルコールを原料とし、低温でゆっくり発酵させる吟醸造りという製法である。
米の旨味を生かし、風味が特徴の純米酒。
精米歩合70%以下の白米と米麹、および水だけを原料として造った酒で、文字通り米だけで造られた酒である。
すっきりとした味わいが特徴の本醸造酒。
精米歩合70%以下の白米と米麹、醸造アルコールおよび水を原料として造られている。
日本酒が同じ銘柄でもいくつもの種類にわかれているのはこれらの違いだ。
また更に、もろみを搾ったあとに加水していない特定名称酒には、「吟醸酒の原酒」「純米酒の原酒」「本醸造酒の原酒」があり、醸造アルコールを用いない「純米大吟醸酒の原酒」もある。
銘柄ごとに味の傾向は似ていても、原料や製法によって違う味を楽しめるという点は、日本酒独特の面白さの一つといえるだろう。
古今東西、酒にはさまざまな種類がある。
その大海原の中で、日本酒の「原酒」はどう漂っているのか。
酒を大別すると、発酵させたものをそのまま飲む「醸造酒」、その醸造酒を更に加熱と蒸留をして造られる「蒸留酒」、
さらにこれらの酒からつくられる「混成酒」の三種類に分けることができる。
人類が太古の時代から用いてきた酒造法である「醸造酒」。
その主な原料としては、糖類(果実など)と穀物(米や大麦など)の2タイプにわかれる。糖類で造る主な醸造酒にはワインやシードルなど、穀物には日本酒やビールなどがある。
醸造は酵母によるアルコール発酵で造られるため、アルコール度数は16%~20%が限界。そのためアルコール度数はあまり高くならず、飲みやすいものが多い。
ワインなどの果実酒は、原料そのものに糖分が含まれているため、酵母を加えることでアルコールへ発酵させることができる。
日本酒やビールの原料は米や麦のデンプン質のため、一度糖に分解させ、その糖を酵母で発酵させるという二段階の醸造法を行う。
同じ二段階醸造法のビールと日本酒でも工程に違いがある。ビールでは2つの工程が別々に行われるのに比べ、日本酒は平行して行われる。日本酒の醸造工程は、世界のどんな酒も比べものにならない、デリケートで複雑、そして高度な製造法なのだ。
醸造酒の多くは、出来上がった酒をそのまま飲む。だからワインやビールには「原酒」という概念はない。
なぜ日本酒では搾った原酒に加水するようになったのか。その不思議を、第三章「原酒の歴史と文化でひも解いていくとしよう。
蒸留酒には、焼酎、ウイスキー、ブランデー、ウォッカ、ラム、ジンなどがある。
醸造酒を加熱して蒸発させ、その蒸気を冷やすことでアルコール分を中心とした液体成分を集めたもの。
蒸留酒はアルコール度数が高いものが多いため、原酒のままで出荷されることは非常に稀。しかし、ウイスキーにおいては原酒に対するこだわりが強く、一つの樽から取り出した原酒を「シングルカスク」、一つの蒸留所の原酒を「シングルモルト」と呼び、原酒へのこだわりを感じる。
梅酒、ベルモット、リキュールや調味料の「みりん」などが混成酒である。
混成酒は醸造酒や蒸留酒を元に造られ、それらに香料や糖、生薬、色素などを加えて造った酒で、果実を漬け込んだものもある。そのため、原酒か加水した酒かはさまざまで、醸造酒の場合は原酒を使うことが殆どだが、蒸留酒の場合は原酒の使用は希である。日本酒を使う場合も蒸留酒と同じく原酒は稀である。
まだまだ深き原酒の世界については、引き続き次号でご紹介します。